人を信じることと仲間とヨガと

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信じること ヨガ哲学

こんばんわ。

大阪でヨガ&アロママッサージをしているちかです。

 

突然ですが、人を信じるって案外難しくないですか?

私は簡単ではないと思うんです。

 

本当の意味で信頼することって。

どうしても自我や自意識、守りがどこかに入ると思うんですよね。

 

心からその人を信頼してすべてを委ねる。

怖くないですか?

すべてを委ねることの不安や自分を守ろうとする

無意識の意識。

 

それが働くことで信頼したいし、信用したいし

委ねてみたいけれど

苦しくなったり、

人のせいにしたり、

何かのせいにしたり、

守りに入ったり。

 

だれでもあることだと思います。

依存からと自立からの信じることの違い

 

それを改めて考えてみたんですが、

委ねる。とは哲学にでてくるんですけど、

大きな運命の流れのようなものに委ねる。という意味です。

 

依存のように、

人のいうことを何も考えずに

ハイハイ。と聞いて実行してみて

いざ失敗したら、ひとのせい。

だとただの依存で信頼ではないし、信頼もされないですよね。

 

自立は、

相手を信じて素直に話を聞くけれど、

そのことに従うか、従わないかは自分で決めるし、

それが失敗に終わっても、

選んだのは自分だ。

 

と思うならば、それはお互いに信頼と呼べるのではないかな?と。

 

どんなことも一方通行では続きませんし、

自分を信じて行動を起こし、責任をとることで

相手からも信頼してもらえて意見を言ってもらえますし、

自分を信じて行動することで道は開けてきます。

 

そのためには

盲目に信じ過ぎないこと。でも疑うばかりでは前に進めないので

一旦受け入れてみてから、自分の中でかみ砕いて

消化してから次に進めば消化不良で進めないなんてことないかなと。

 

自分の目で見て、体験して実感することが大切なので

意見を聞いてやってみようと思ったならやってみたらいいし、

やらないならやらないと決めた自分を信じること。

手放す

今の自分の心の声に従うことが

一番正しい答えが導き出されると思っています。

それが大きなものに委ねる。ということ。

自然の流れ、自分の心の流れに任せてみる。

だけど、それはワガママや周りを巻き込んで迷惑をかけるということではなくて。

 

それでも、いつでもただしいこたえが出るわけでもないし、何がただしいかなんて、

死ぬその時までわからないことだろうから、

とりあえずは、『今』の自分の気持ちに素直になって選ぶのがいいんじゃないのかな?と感じています。

 

諦める

 

諦めるって、言葉の音を分解してみると、

明らかに眺める。ですよね。

 

あきらめることが悪いことではないですよ。ということを伝えたいんです。

 

明らかに次に向かった方が良いときは、その事柄から離れて、

執着を手放して次に進む。

手放すことで新しいなにかが入ってくる隙間が出来てくるから。

 

それでも人間って今の現状を維持したいって思う生き物なので

それも悪いことじゃないんです。

 

生きていくうえで必要だったから備わった機能。

でも現代ではあまり必要のないものになってきているだけなので

少しづつ生きているうちに、

人間もアップデートするほうがいいんだなぁと感じるんですよね。

仏

どこにいてもどんな環境でも

完璧はないし、完全な自由もないです。

飲んだり食べたりしないと生きていけないし、寝ないと病気になっちゃいます。

生きるということからは逃れられない。

 

お釈迦様もおっしゃっています。

 

自分さえあてにならないのですから、この世には本当に自分の自由になる

ものなどありません。

と。

つまり自分には自分がある。自分だけは頼れると思っていても

それもあてにならなくて、病気になったり、気が変わったり、環境が変わったり、

周囲の事情が変わったりして、自分をあてにできなくなる。

そんなことは当たり前なのだという意味。

 

 

ようするに変化するのが一番の自由になる道で

流れに乗って生きることが一番楽に生きれることという意味なんじゃないのかな?

と解釈しています。

 

そして、その流れの波にもまれても

抗うことなく乗っていく心の強さを育てるのが瞑想だということ。

 

その何物にも頼らない強い心を持つことが

ヨガ哲学でいう『解脱』なんです。

 

瞑想

 

お釈迦様が推奨する瞑想。

先日お釈迦様の瞑想についてのお話を書きましたので

そちらをご覧ください。

瞑想についてはこちらから

 

ざっくりお伝えすると、お釈迦様は根拠のないことを

嫌います。事実に基づいて、誰でもが実践し実感できるものことが大切だと。

瞑想はその最たるものだとお釈迦様は伝えていますが、

 

”私はオススメするがやってもやらなくてもどちらでもいいよ。”

そして選ぶのもあなたの自由。というスタンス。

 

動物や人間の中でも特に赤ちゃんなんかは自分の気持ちと

相手の気持ち、空気を読んで

”こっちにおいで”と無理やり抱っこしようとすると

その人の不自由さに囲われないように、逃げてしまいますよね。

赤ちゃん

無理やりおいで。と言わないで

来たいときには、いつでもこの膝は開いているよ。

好きにしなさい。と言われたら自分のタイミングで

膝に乗ってきます。

 

いつでも自分のいいときにいったり離れたりしても

いいとわかれば、おとなしく膝の上で寝ちゃったりしますよね。

 

人間関係もこのように

無理やり引き留めようとすると余計に逃げてしまいます。

誰しもがやってしまうことでもあるし、

それを責め立てる必要もありませんよ。自分に対してもです。

 

それを少しづつでも手放していきましょうというのが

ヨガ哲学であり、その中にアーサナや瞑想、呼吸があるんです。

 

まとめ

 

私はヨガ好きなので

ヨガ目線から生きること、心の持ち方などを学んでいます。

 

ヨガと出会ったことで変化することができ、

生活リズムや周りの人間関係も変化し続けています。

学ぶことの楽しさを知っている仲間が増えたことは大きいと感じます。

 

たまに一緒に考えたり、悩んだりすることも

とても楽しく感じています。

お互いの成長にもつながりますし、

何よりもきづなが深まるように感じるからです。

 

あなたがヨガをするかはわかりませんし、

もっと合うものがあるかもしれません。

 

でも本気で何かをやり始めた時、大きな恵みを受けることは

間違いないです。

バランス 木のポーズ

仲間が出来、人を信じることがとても幸せで

助け合える人がいる強さは、心の強さにもつながっていきます。

 

いくつからでもやりたいことをするのに

遅くはありませんよ。

 

自分や周りを心から信じれる環境に飛び込めば

見えなかった世界が見えてくるかもしれません。

 

今日もご覧いただきありがとうございます。

良い一日をお過ごしください。

ヨガ哲学
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